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この記事へのコメント
とても分かりやすい文章なので楽しく、大久保公の事を
知ることができました。
幕末という戦乱の世から維新をなして、小さな島国だった日本の近代化へ導いた凄い方ですね。
維新当初は独裁などと言われていましたが、今となれば
仕方ない事が多々あったように思われてなりません。
まさに、命を掛けた政治哲学があったのでしょう。
今後も、更新を楽しみにしています♪
知ることができました。
幕末という戦乱の世から維新をなして、小さな島国だった日本の近代化へ導いた凄い方ですね。
維新当初は独裁などと言われていましたが、今となれば
仕方ない事が多々あったように思われてなりません。
まさに、命を掛けた政治哲学があったのでしょう。
今後も、更新を楽しみにしています♪
ほたる&モコさま。初めまして、こんばんは。
この度は当サイトにお越し頂き誠に有難うございます。
またコメントを頂けて大変嬉しく思います。
そうですね。使節団として欧米諸国や欧羅巴(ヨーロッパ)等を洋航中の際、
同じ島国であるのに当時世界一位の力を誇っていた英国と
日本を対比させ、どうしたら此処まで発展・産業を興せるか頭を悩ませていたようです。
ですから、彼が草案した憲法の原案参考国は英国でした。
実際に大日本帝国憲法として1890年に発布及び公布されたものは
独逸の憲法を主に伊藤博文らが参考にしたものでしたが、
大久保公が提示した英国憲法の草案と、君主性が強い独逸憲法が
上手く混ざりあったのが当時の大日本帝国憲法ではなかったのでしょうか。
またこれらの憲法が昭和・終戦後に世界でも有数の民主的な憲法へ変わる様子も大変興味深く考察しております。
仰る通り、「独裁者」として信念と断行で行った政治が元で暗殺されてしまう部分もありますが、
もし、彼が怖気づいて誰一人何も行わなければ今の日本はない、
と言っても過言ではないと思います。
本当に全身全霊をかけた政治哲学ですね。
今回は沢山のお褒めのお言葉に感謝申し上げます。
まだ未熟なサイトではありますが今後とも見守って頂ければと思います。
内容も充実させていくつもりですので、是非またお越しください。
では、今後とも宜しくお願い致します。
この度は当サイトにお越し頂き誠に有難うございます。
またコメントを頂けて大変嬉しく思います。
そうですね。使節団として欧米諸国や欧羅巴(ヨーロッパ)等を洋航中の際、
同じ島国であるのに当時世界一位の力を誇っていた英国と
日本を対比させ、どうしたら此処まで発展・産業を興せるか頭を悩ませていたようです。
ですから、彼が草案した憲法の原案参考国は英国でした。
実際に大日本帝国憲法として1890年に発布及び公布されたものは
独逸の憲法を主に伊藤博文らが参考にしたものでしたが、
大久保公が提示した英国憲法の草案と、君主性が強い独逸憲法が
上手く混ざりあったのが当時の大日本帝国憲法ではなかったのでしょうか。
またこれらの憲法が昭和・終戦後に世界でも有数の民主的な憲法へ変わる様子も大変興味深く考察しております。
仰る通り、「独裁者」として信念と断行で行った政治が元で暗殺されてしまう部分もありますが、
もし、彼が怖気づいて誰一人何も行わなければ今の日本はない、
と言っても過言ではないと思います。
本当に全身全霊をかけた政治哲学ですね。
今回は沢山のお褒めのお言葉に感謝申し上げます。
まだ未熟なサイトではありますが今後とも見守って頂ければと思います。
内容も充実させていくつもりですので、是非またお越しください。
では、今後とも宜しくお願い致します。
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